空港での接客の大事な点は、何だと思われますか?知識、接遇、語学力、、、全部大切ですよね!中でも、最も大切なポイントの一つは「短時間」かもしれません。というのは、お客様と接する時間がとても短いので、判断にあまり時間をかけられないのです。短時間に何百人もの方と接するので、場合によっては瞬時に判断しなければならないことも。
例えばお客様からクレームを受けた場合、その対応をできるだけ短時間でおさめて、ハッピーな気持ちで飛行機に乗っていただくのも、大事な仕事です。でもちょっと待ってください。航空会社のコミュニケーションって、「その日のお客様のクレームをおさめて、安全に定時に飛行機を飛ばす」ことだけを考えればOKなのでしょうか?
今回は、空港のチェックインカウンターでよく起きる、「手荷物の超過料金の支払いに関するクレーム」の事例を元に、「2つの航空会社の対応の違い」と、更に「クレーム対応が、社内コミュニケーションや客層に与える影響」についても考察してみたいと思います。
このブログを読めば、「クレーム対応が悪循環を生んでしまう例」と、その反対例として、「会社のステークホルダーと良い関係を作れるコミュニケーション例」が分かります。航空業界を志望されている方も必見。空港での業務の実情を例に、働きがいのある会社とそうでない会社の違いが分かっちゃいます。早速読んでみましょう!
とある航空会社のクレーム対応事例
まずは、ある航空会社(A航空)の対応事例です。
場所はチェックインカウンター、登場人物は「①お客様、②チェックインカウンターの係員、③係員の上司である責任者」。そしてシチュエーションは、「お客様の預ける手荷物に、超過料金が発生したとき」の対応例です。
- A航空のチェックインカウンターに、エコノミークラスのお客様が30KGの手荷物を預けに来る
- エコノミークラスの場合、20KGまでであれば無料で手荷物を預かることができるが、それ以上預ける場合は超過料金がかかる
- 無料手荷物許容量の20KGを超えていたため、係員はお客様に、「この荷物を預けると10KG分の超過料金がかかります、〇万円です」と案内した
- お客様は「いつもはそんなこと言われないのに、この対応はおかしい、私を誰だと思っているのか」とご立腹になり、「責任者を呼べ」と大声を出された
- 途中から対応に入った責任者は、怒っているお客様を目の前にし、「うちのスタッフがお客様を怒らせてしまった」と判断
- その場を丸くおさめるために、「申し訳ございません!このスタッフには後でよく言っておきますので」と謝罪し、超過料金は徴収せずに荷物を預かった
つまり、「お客様が手荷物を預けに来た際、重量オーバーしていたので、係員が超過料金を案内した。お客様は支払いに納得されず、ご立腹になり責任者を呼んだ。責任者はお客様に謝罪して、そのまま荷物を無料で預かり、場をおさめた。」という内容。
補足ですが、手荷物の超過料金というのは、航空会社の直接収入です。しかし地上の係員にとっては、超過料金をどれだけ徴収し、お客様を説得して収益を上げたとしても、実を言うと給料は1円も上がりません。言わば、「消費エネルギーを考えると、見なかったことにする方が得」という状況なのです。
こういうクレーム対応例は、結構よくあるケースで、毎日のように起きている事例だったりします。「そもそも航空会社の直接収入である、超過料金を徴収できていない」という点を除き、筆者はこのような責任者の対応には、コミュニケーション上の問題点がいくつかあると考えています。
「えっ?責任者はちゃんとその場のクレームを収めたのに、一体何が問題なわけ?」と思われた方もいるかもしれません。はい、問題はそんなに単純ではないのです。もう少し詳しく分析してみましょう!
問題点の比較と分析
①社外コミュニケーションの問題
まず、社外(航空会社とお客様の間)コミュニケーションの問題点として、以下があげられます。
- お客様は、責任者が出てきて謝罪し、超過料金を徴収されなかったことから、次のようなメッセージを受け取ってしまう
- 「カウンター係員の指示に従う必要はない」
- 「クレームすればルールを守らなくて良い」
- お客様はこの実績を根拠に、次回同じようなことがあっても、ルールを守らずにクレームすることで解決しようとしてしまう
この件はお客様の視点で見ると、「係員の対応に納得できず不満があったが、責任者にクレームしたら解決した」ということになります。つまり、「係員の指示に従わなくても問題ない、解決したければ責任者にクレームすれば良い」というメッセージを、航空会社がお客様に出してしまっているのです。
もしこのお客様が、また空港に来られて、同じように重量オーバーの荷物を預けようとした場合、どうするでしょうか。同じように責任者を呼んで、「前回は免除してくれたから、今回も免除するべき、対応が違うのはおかしい」と、無料で預けることの正当性を主張される可能性があります。
そして実際、空港のチェックインカウンターでは、こういった過去に超過料金を見逃してもらった例を挙げて、「前回との対応の違いは航空会社の過失である」と主張され、航空会社は料金を徴収すべきではない、とおっしゃる方が少なくありません。これはお客様の問題もありますが、それを認めてしまっている会社の問題も大きいと思います。
もし仮に、会社がこういったケースに対して、「お客様に謝罪」したり、「何も言わずに見逃す」対応をするメリットがあるとするならば、お客様に「この会社はクレームすれば料金を払わなくてよい」と認識され、再度利用してくれる可能性がある点でしょう。クレームすることで支払いを免れることができたお客様が、また戻ってきてリピーターになることはあるかもしれません。
②社内コミュニケーションの問題
次に、社内(責任者とチェックイン係員の間)コミュニケーションの問題点は、以下と言えます。
- 係員は、責任者が出てきて謝罪とともに超過料金を徴収しなかったことから、次のようなメッセージを受け取ってしまう
- 「運航ルールよりも、お客様の怒りが優先される」
- 「ということは、運航ルールを守らなくて良かったのでは?」
- そのため次回同じようなことがあったら、自分で考えて対応せずに、責任者を呼べばいい、と考えるようになる
この件を係員から見ると、「運航ルールを守った結果、お客様がご立腹になり、上司が出てきて、結果的にそのルールは無視された」というわけです。この結果を元に、明日からも毎日きっちり運航ルールを守ろう!と思える人が、どれぐらいいるでしょうか?
実はこのように、航空会社によっては、お客様に対して「すべてYESと言う」ことをポリシーとしている会社もあります。例えば「お客様とモメるぐらいなら、責任者を呼んでほしい、全部OKするから」という方針を出している会社があるのです。なぜこのようなコミュニケーションが多く見られるのでしょうか?
クレームが来る=100%本人が悪い?
こういうコミュニケーションになってしまう理由は、まずは、お客様に対して「上手にNOと言う」ことの難しさがあると思います。特に経験が浅い頃は、空気が読めず、対応を間違えてお客様を怒らせてしまった経験が、筆者にもあります。そういった感情的になってしまう方を目にすると、「関わらない方が身のため」と思ってしまうこともよく理解できます。
ただ、この問題はそれだけではないと見ています。そもそも日本には、「お客様は神様」という言葉が存在し、お客様の意見は絶対、といった捉え方をされることも多いのです。そのため、お客様の意見の前には、いち従業員の意見などは介在しえない、お客様からどう見られるかが全てであり、その内容の是非について議論することを、組織として許さない仕組みになっていたりします。
それゆえ、一部の会社では「クレームを受ける=本人にすべて非がある」と思ってしまう傾向にあるのです。その結果、お客様からクレームが来ること自体を、極度に恐れてしまい、お客様に対しては「すべてYESと言う」社風を生んでしまうのではないでしょうか。
お客様のクレームの中には、しっかりと受け止めて改善を検討すべき内容もあれば、実は見当違いの内容も少なからずあります。その選別をしたうえで、根拠に基づいてそれぞれ対応していくことが必要です。特にいわれのない内容のクレームを受けた場合や、社員の対応が間違っていなかった場合、本来であれば、それをお客様に説明してご納得いただき、会社として社員を守る対応が必要になります。
しかし、こういった議論は、一部の「お客様が神様だと考える企業」では忘れ去られています。そして、「クレームを受ける=本人にすべて非がある」と見なされてしまうのです。
このような文化的背景から、一部の会社では、お客様に対して「上手にNOと言う」コミュニケーションを最初から諦めてしまっている、そしてお客様に対して「すべてYESと言う」ことで、解決を図っているのだと予想します。
好循環を生むコミュニケーション事例
さて、こういった日本的なクレーム対応しか知らなかった筆者は、ある外資系航空会社で働き、180度異なる対応にびっくりしたことがあります。
先ほどと同じ、超過料金の対応を例にします。黒文字部分は前述と同じ内容ですが、赤文字部分がこの会社の対応事例です。
- B航空に、エコノミークラスのお客様が30KGの手荷物を預けに来る
- エコノミークラスでは、20KGまでの手荷物チェックインが無料。20KG以上預ける場合は超過料金がかかる
- そのお客様の荷物は、無料の範囲である20KGを超えていたため、係員が「この荷物を預けると、10KG分の超過料金がかかります、〇万円です」と案内した
- お客様は「こんなことを言われたのは初めてだ、この対応はおかしい」とご立腹になり、「責任者を呼べ」と大声を出された
- 途中から対応に入った責任者は、怒っているお客様に対し、次のように説明した
- 「このスタッフの言っていることは正しいです。お客様はこの場合、超過料金を払う必要があります。もしどうしても支払いを拒否される場合は、この飛行機には乗れません」
- 最終的にお客様は、超過料金を支払って飛行機に乗ることを選んだ
このB航空は、怒っているお客様に対して、一言も謝ることはありませんでした。会社に過失がないからです。謝罪はせず、運航ルールを再度説明し、料金の支払いが正当な処理であることを説明しました。つまり、お客様に対して「上手にNOと言う」ということを選んでいるのです。
その結果、B航空では、以下のことに成功しています。
- 航空会社の直接収入である、超過料金を徴収できた
- 「お客様に運航ルールを守ってもらう」ことに成功した
- 「従業員に運航ルールを守ることの重要性を伝える」ことに成功した
もちろん、ひと言ですんなりとお客様を説得できた訳ではありません。時間をかけて同じことを何回も説明し、最終的に説得できたのです。
ただ、実際にこの対応をやってみると分かるのですが、お客様に対して「すべてYESと言う」より、「上手にNOと言う」方が、はるかにエネルギーを使うのです。「お客様の言うことを全てOKする」のであれば一瞬で仕事が終わるところ、一から説明し始めるので非常に時間がかかります。うっかりすると1名の対応に10分以上かかってしまうことも。
でも、長期的に見て上記のような「3者間のコミュニケーション上のメリット」、そして何よりも、会社としての直接収入を得ることができているのです。
さて、皆様が社員だったら、いざという時に社員を守ってくれそうなのは、A航空とB航空どちらだと思いますか?またどちらの会社に将来性を感じ、一緒に働きたいと思いますか?こういったことは些細な点ですが、長く働く場合はモチベーションに直結してきます。航空業界は入れ替わりが激しいとも言われますので、志望される方はよくリサーチしてみてください!
コミュニケーションが客層に与える影響
こうした日頃のお客様とのコミュニケーションは、長期的なお客様と会社との関係にも影響しているのではないか、と筆者は考えます。A航空とB航空の客層、特にマイレージの上級会員(上位ステイタスをお持ちの方)には、明らかな違いが見られるからです。下記で考察してみます。
B航空の上級会員のお客様
上で見たように、お客様に「上手にNOと言う」ポリシーのB航空。そのB航空の上級会員のお客様は、外国籍の方が多いこともあり、非常に紳士でスマートな方が多い印象でした。ゆえに、我々スタッフのような下々の者にも気を遣ってくださる方が多かったです。
例えば、予期しないシステムトラブルがあって、お客様をお待たせしてしまった時がありました。お客様が「こっちから見てると本当に大変そうだね、君たちも頑張ってくれてありがとう」とスタッフを励ましてくれたり、スタッフとしてチェックインをお手伝いしただけで、「非常にスマートで効率的、さすがB航空!」など、褒め上手な方も。
そんなB航空は、筆者から見ると明らかに客層が良く、さらに「紳士的な方ほど、マイレージの上級会員」だというのを肌で実感していました。ある時、年配のお客様のチェックインをお手伝いして、敬意を持った温かい言葉をかけてもらい、素敵なお客様だなと思ってちらっとシステムを覗いたら、ほとんどお目にかかれない最上位クラスのお客様だったことも。
B航空は、お客様とスタッフを大事にすることで、両者からとても愛されている会社だと感じました。その大きな要因となるのは、クレーム対応例にみられるような、常日頃からのはっきりしたコミュニケーションです。B航空の一貫したコミュニケーションのおかげで、顧客や従業員との良好な関係が築けているのだと思います。筆者もまわりの同僚も、そんなお客様とB航空が大好きでした。
A航空の上級会員のお客様
一方、お客様には「すべてYESと言う」を方針とするA航空の場合はどうでしょうか。筆者から見ると、A航空の上級会員のお客様は、残念ながら客層が良いとは感じませんでした。
例えば、A航空のお客様がチェックインカウンターに来られたので「いらっしゃいませ」とご挨拶したら、無言で上級会員のカードを遠くから放り投げてご提示いただいたので、筆者は「まず危ないし、もしベルトコンベアの隙間に落ちたら誰の責任なのだろう、お客様?航空会社?」などと思って顔を上げると「俺、上級会員なんだけど?」とおっしゃるような方が珍しくないのです。
補足ですが、チェックインカウンターのベルトコンベアの間に物品を落としてしまうと、外から拾い上げることができません。専門業者を呼んで、こじ開けてもらうことになり、時間がかかるばかりか、対応してくれた業者への支払い費用も発生します。
当時の勝手な想像では、A航空のお客様は、飛行機の出張が多くてイライラされているのかな、と思っていました。そもそも出張に行きたくない、という行き場のない怒りをスタッフにぶつけているのかなと。「普段からこんな言動の方々なのだろうか、いやそんなはずはない、空港に来るとこうなってしまわれるのでは?」と心配していました。
今回、A航空のようなクレーム対応の及ぼす影響を改めて考えてみると、やはりコミュニケーション上の問題点として、ある疑念が浮上します。それは、お客様を変えてしまっているのは、航空会社なのでは?ということです。
例えば、一度でもお客様に「お金を払いたくない時は、怒りを表すことで問題を解決できる」と思われてしまうと、次からもスムーズにチェックインする手段として、怒りを表明される方が多くなる、という可能性はないでしょうか。上級会員である多頻度旅客の方は、その言動が空港での習慣となり、悲しいことに空港ではいつも不機嫌になってしまうのかもしれません。
そしてA航空のような会社で働くスタッフは、毎日そのようなお客様ばかりと接し、顔色をうかがう日々。クレーム対応としては、責任者が出てきて「全部YESと言う」ことで解決。係員がそれまで対応した努力が、無かったことになってしまうのです。文字通り、誰もハッピーじゃないですね。
以上、A航空とB航空のお客様の違いについて考えてみました。こういった上級会員のお客様の違いを目にすると、やはり日頃の小さなコミュニケーションの積み重ねが、お客様と会社との関係に影響するのでは?と考えざるを得ません。お客様と長期的に健全な関係を築くには、やはり「上手にNOと言う」ことが必要なのではないでしょうか、たとえそれが、どんなに大変でも。
ただもしかしたら、これはすべてA航空の戦略なのかもしれません。つまり、B航空だったらお断りするような客層を、あえてA航空が「すべてYES」と言って全面的に引き受けることで、航空業界の過酷な競争を生き延びてきた可能性もあるのです。
うーん、そう考えると、興味深いですね!
まとめ
以上、「手荷物の超過料金の支払いに関するクレーム」の事例を元に、「2つの航空会社の対応の違い」と、更に「クレーム対応が、社内コミュニケーションや客層に与える影響」について、勝手に考察してみました。
クレーム対応は、「その場で謝罪したら終わり」という単純なものではなく、ステークホルダーとの長期的な関係にも影響するということが、お分かりいただけたのではないでしょうか。
余談ですが、以前筆者は、超過料金の交渉があまりにハードで報われないので、「超過料金の徴収をまじめに行った人には、報酬が必要なんじゃないか」と思ったことがあります。そして上司に「今月一番多く超過料金を徴収した人に、焼肉券でもあげませんか?」と提案しましたが、スルーされちゃいました!いえ、断じて、個人的にどうしても焼肉が食べたかったわけではないのです。笑
ここまでお読みいただきまして、ありがとうございました。
それではまた!
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