飛行機には、「カンパニー無線」という無線機器があります。これは、機内の乗務員(パイロット)と、地上の運航担当者が話すためのツール。言ってみれば、「社内無線」です。
無線通信のことを英語で、”Radio”と呼ぶことから、「カンパニーラジオ」、「レディオ」などと呼ぶ人も。
とはいえ一般の人がカンパニー無線の通信を聞いても、「なんか色々話してるけど、どんなシチュエーションなの?」とか、「専門用語が多くて、いまいちよく分からない」という人もいるのではないでしょうか。
今回の記事では、「聞いてみたけどよく分からなかった」とか、「まだ聞いたことはないけど興味あり」という人に向けて、通信内容をいくつかご紹介してみます。
この記事を書いている人は、航空会社で旅客、運航などを長年担当してきた人。カンパニー無線も、朝から晩まで出させていただきました。
これを読めば、次のことが分かります。
- 航空無線を聞くサイト
- 気象に関する通信とは
- 旅客ハンドリングに関する通信とは
- 空港施設の状況に関する通信とは
- その他、ゆるめの通信
早速読んでみましょー!
航空無線を聞くサイト
まず、「社内無線」と名前がついているものの、周波数が一般にも公開されています。業務連絡なのに、チャンネルを合わせれば誰でも聞くことができちゃいます。(結構すごいですよね)
さらに無線機器で周波数を合わせなくても、最近ではオンラインで聞くことも可能。
例えばLiveATCというサイトでは、カンパニー無線を含む、世界中の航空管制の無線通信をネットで聞くことができます。もし興味のある方がいたら、モニターしてみてください!
とはいえ、一般の方が聞いても「どういう会話なの?」と分かりづらい部分もあると思います。次の項目では、カンパニー無線の具体的なシチュエーション毎に、分かりやすくご紹介してみます。
気象に関する通信
気象に関してのカンパニー無線通信は、空港周辺の気象情報や、航路上(エンルート)の揺れ情報など、かなり幅広く多岐にわたります。
例えば下記の図のように、運航に特化した「専門的な気象情報」を情報提供しています。
上記は、ざっくりしたイメージ図です。(後半で詳しく説明していますので、ここでは何となく目を通していただければ大丈夫です)
画像にある「定時飛行場実況」というのは、空港まわりの気象現況のこと。一般にも公開されていて、ネットでも見ることができます。この気象通報は、実は気象庁が管理していて、基本的に「30分に1回」の頻度で発出されます。
こうした気象情報は、飛行機が空港への進入を継続するかどうかの、重要な判断材料の一つ。
天気の良い日は問題ないのですが、天気が悪い日には、ちょっとシビアになってきます。特に「この天気では目的地に降りられないかもしれない」という時には、30分に1回しか更新されないと、不十分な場合が出てくるのです。
なぜでしょうか。
例えば、天気が一番悪いタイミングで、「定時飛行場実況」が更新されたとします。その後、天気は回復したり、また悪くなったりしています。
そう、お天気は刻々と変わるので、なかなか30分間ずっと同じ天気ではいてくれない場合があるのです。実際よりも悪い数字が出ている場合もあれば、事実と異なってきてしまいます。
そんな時に、より頻繁なアップデートを飛行機に提供するため、場合によっては地上のカンパニー無線で、最新の状況を伝えることがあります。
①「シーリング」とは
例えば下の画像を見てみます。下記のように、「定時飛行場実況」で「シーリング200ft」と発出されていたとします。
「シーリング」というのは、ざっくりいうと地表から見た「雲底の高さ」のこと。「シーリング200ft」と言うと、降りられない飛行機が出てくるような悪い数字です。(参考までにメートル換算すると、200ft=約60m)
しかし到着機①が滑走路に降りてみると、実際はシーリングが400ftぐらいあったことがわかりました。「シーリング400ft」というのは、200ftに比べたらかなり条件がよくなっています。
ところが、前述のとおり「飛行場実況」は、基本的には30分に1回の更新。刻々と変わる「お天気」を常にアップデートし続けるにも、わりと限界がありますよね。
つまりタイミングによっては、低い数字(200ft)のまま、しばらく更新されていない場合が出てくるのです。
②飛行場実況発出後のアップデートを行う
そんな場合は、カンパニー無線などで、上空の飛行機に最新の気象情報を知らせる必要が出てきます。
例えば、下の画像のように、「今降りた飛行機は、シーリング400ftあったとレポートしています」と共有するのです。
上の図は、最初に出てきたものと同じ画像です。
「到着機①」のレポートを聞いたアプローチ中の「到着機②」は、飛行場実況と合わせた情報として、進入継続の判断材料にすることができます。
上の図のように、到着機①がアプローチした時のレポートを、カンパニー無線などで情報共有することで、上空の飛行機が最新情報を得ることができます。
そのアドバイスをするのは、おもに地上の運航担当者。ツールは、カンパニー無線のこともあれば、”ACARS”というテキストメッセージのこともあります。
③ディスパッチが「地上のパイロット」と呼ばれるワケ
地上の運航担当者はこういった場合にアドバイスする必要があることから、常時いくつもの周波数を聞き、なおかつ気象の数値やデータも見ながら、周辺の状況を把握するようにしています。
仮に目的地の空港で、天気が悪くてアプローチを何回かやり直すとします。管制と調整すれば、着陸をやり直すことは可能ですが、そうこうしているうちに確実に燃料は減っていきます。
仮に搭載している燃料が無くなってしまったら、目的地以外の空港に着陸(ダイバート)する可能性が出てきます。こうした事態を防ぐためにも、この場合のカンパニー無線でのアドバイスは、運航において重要な役目になってきます。
そう、言ってみれば「カンパニー無線の担当者がいけてないと、飛行機は降りられない場合がある」のです。。責任重大ですね!
このように、上空のパイロットと同じ目線に立って運航を管理する人たちのことを、英語で「ディスパッチ」と呼んだりします。ディスパッチは「地上のパイロット」と呼ばれることがあるのですが、その理由も何となく分かりますよね。
なお「ダイバートって何?」と思った方は、「ダイバート」とは?飛行機が目的地以外の空港に着陸する理由をスタッフ目線で解説、という記事で詳しく説明しています。こちらもお読みいただけると嬉しいです!
旅客ハンドリングに関する通信
次に、旅客ハンドリングに関する通信も、カンパニー無線で行うことがあります。
よくある例としては、お客様が搭乗中に「あと何名のお客様が未搭乗ですか?」という確認が、カンパニー無線で行われたりします。コクピットのドアが閉まっているので、乗務員が出発のタイミングを計るために無線を使っているわけですね。
旅客ハンドリング関連で、筆者が体験した印象深い件としては、次のようなことがありました。
①機内から「座席が足らない」
ある国際線の飛行機(A便)が、離陸後30分ぐらいしてカンパニー無線で地上を呼んできました。
飛行機が空港を出発してだいたい30分ぐらいたつと、距離的に無線の電波が届かなくなってしまいます。A便にとっては、無線で会話できるギリギリのタイミング。
- A便「お客様から『座席が足らない』というクレームが出ています。お名前はB様、お座席番号15D、お子様連れのお客様です」
飛行機は、基本的にはすべてのお客様が着席したうえで離陸します。「座席が足らない」という連絡が離陸後に入ってくるという珍しい事態に、びっくりしちゃいました。
「えっ!A便、座席が足らないのに離陸したの!?!?」と内心は思いつつ、とりあえず「了解です。確認します」と返答し、端末でお客様情報を開いてみます。
②座席を持たない「幼児の運賃」
チェックイン端末で「座席番号15D」のお客様情報を見てみると、B様のお名前があります。さらに、「2歳以下の赤ちゃん」の運賃で、座席を使用しないチケットも購入されています。
つまり、B様はチケットは2枚購入しますが、座席は1席しか購入されていないお客様だったのです。
座席を持たない「2歳以下の赤ちゃんの運賃」というのは、かなり値引きされた運賃です。そのかわり座席が無いので、親御さんがフライト中ずっと膝に抱きかかえる必要があります。(座席によっては、バシネットというベビーベッドが使える場合もある)
恐らくお客様は、座席が1席しかないことをあまりよく理解されていなかったのかもしれません。これは筆者の想像ですが、お客様の状況として、次のような場合が考えられます。
- お客様が「2歳以下の赤ちゃんの運賃」の航空券が何を意味するか、理解されていなかった
- お客様は「フライト中座席で抱っこする」ということは理解されていたが、実際やってみたら辛くなってしまった
- 「いつもは赤ちゃんの隣をサービスで不使用にしてくれているのに、今回は満席でブロックできていない」ということにご立腹された
ざっと想像しただけで、この3パターンぐらい思いつきました。(もしかしたら、上記全部の複合的な理由かもしれないですね)
ということで、上空のA便にはカンパニー無線で、次のように回答しました。
- 筆者「確認したところ、B様のお子様は、座席を持たない赤ちゃんの運賃のチケットです。B様がお子様を抱っこして座席を使用してください。チェックイン上は問題ありません」
このように伝えたところ、日本人の乗員さんからは、無線でこんな返答がありました。
- A便「了解。…それでいいんですね!!??」
なんと、全く信用されてません…!笑
③全く信用されていない場合のコミュニケーション
もしかしたら機内では、「また地上がやらかした」と思われていたのでしょうか。「座席が足らないのは会社の失態だ」と言わんばかりの返答を、カンパニー無線でいただいてしまうことに。笑
ただ、何回チェックインのシステムを見ても、赤ちゃんの運賃です。座席を1席しか購入されていない以上、会社が2席提供する理由がありません。
「少しは自分でも判断していただこう」と思い、カンパニー無線で次のように伝えました。
- 筆者「はい、赤ちゃんの運賃です。『航空券の控え』をお客様がお持ちだと思うので、そちらでもご確認いただけますか」
- A便「了解」
お客様が、「会社の過失」を強く訴えておられたのかもしれませんが、いずれにせよ、機内のスタッフが自分の目で航空券を見たら一発で解決する話なので、あとは彼らに任せようと判断しました。
時々、ガラガラに空いてる飛行機で、赤ちゃん連れのお客様が1席しか持たずにいらっしゃったときは、「サービス」で隣の席を不使用にする場合もあります。ただこれは、あくまで空席がある時だけのサービス。満席の場合はほぼ不可能です。
「赤ちゃんがいる時は、いつも隣が空いてるのが当たり前」という訳ではないので、何卒ご注意くださいませ。
実はこの辺りの「赤ちゃんの運賃」云々は、チェックインカウンターでも、よく新人さんが間違えるパターンだったりします。お客様のクレームの勢いに押されて、スタッフが事実確認をせず、言われるがままになってしまうこともよくあります。(筆者も身に覚えがありまくる)
こんな感じで、旅客ハンドリングについての問い合わせが、カンパニー無線で入ることもあります。
空港施設の状況に関する通信
また、空港施設についての状況確認をカンパニー無線で行うこともあります。
例えば、次のような場合。
①共有施設の一つ、駐機場(スポット)
空港には、飛行機を駐機する場所が設けられています。いわば、車でいう「駐車場」のような感じ。この駐機場のことを、通称「スポット」とか「ベイ」と呼んでいます。
スポットにはそれぞれ番号が振り分けられていて、数字で「3番スポット」のように呼ばれ、管理されることが多いです。
ある日、某空港の「スポット1番」の使用予定が、次のように計画されていたとします。
- スポット1番:「19:00出発予定のC便」→「19:00到着予定のD便」
上記のとおり、このスポット1番は、19時にC便が出発したら、すぐに到着のD便が入ってくる予定です。
②駐機場(スポット)が空いてない場合のコミュニケーション
ご存知の通り、駐機場は空港全体で共用している施設。施設に限りがある以上、時と場合によっては「順番待ち」になることも出てきます。
例えば、次のような感じです。
上の図のように、何らかの理由で、D便が早く空港に着いてしまったとします。そんな時、出発便のC便がまだ1番に駐機している可能性がでてきます。
そう、D便にとっては、「せっかく早く着いたのにスポットが空いてない!」というわけです。スポットに入れないと、お客様が飛行機から降りることができず、狭い機内でお待たせすることになっちゃいます。
このとき、1番スポットにいるC便は、出発直前にお客様が忘れ物をして待合室に取りに戻ったため、出発が少し遅れていました。C便にとっては、「あと少しで出発できるはずだから、ちょっと待って」という状況。
こんな場合も、カンパニー無線で、各飛行機に状況を知らせることがよくあります。また、飛行機から「どうなってるのか教えて」と問い合わせが入ることも。
なお、飛行機同士が直接話すことは少ないですが、それぞれお互いの会話は聞こえています。(周波数を合わせている限り)
③簡潔に分かりやすく伝えて、協力を仰ぐのが使命
駐機場(スポット)が空いていない時、地上の運航担当者が取れる対応としては、だいたい次の2つぐらいです。
- 早く着いた飛行機のスポットを、空いてるスポットに変更する
- 手ごろなスポットが空いていない場合は、空くまで待つ
上記のように、「①空いている所に入るか、②待つか」というチョイス。運航担当者としては、「よりお客様の利便性が高い方」を選ぶことになると思います。
その判断根拠などを、順番待ちしている飛行機にも、丁重で分かりやすく伝えて協力を仰ぐのが、カンパニー無線担当者の使命になってきます。(待たせすぎて、たまに怒られることも!)
ということで、飛行機が空港に着陸した後で、駐機場の調整などが行われることも多いです。カンパニー無線でも、よくやり取りしているので、興味のある方は聞いてみてください。
その他何でも:お寿司の注文が入ることも
その他、カンパニー無線では、重量、燃料、整備の話など、基本的に何でもうけたまわります。「地上の窓口」みたいな感じですね!
個人的にカンパニー無線やっていて一番面白かったのは、ある西洋人の乗員さんとのやり取りです。
①着陸前「日本のナイスなお寿司がいいな」
その飛行機が、到着する30分ぐらい前に、上空のアプローチエリアに入ってきた時に、カンパニー無線で地上を呼んでこう言いました。
- 乗員さん「ハーイ、この便は何時何分ごろ着陸します。ところで、今日のお弁当は日本のナイスなお寿司がいいな」
- 筆者「到着時刻、了解です。お寿司の件も、トライしてみますね。笑」
実際の会話はすべて英語で、確か“We would like to have nice Japanese Sushi…”みたいな感じで言っていました。
筆者の想像ですが、機内の乗員さんとしては、こんな心境だったんじゃないでしょうか。
- 乗員さん「ジャパンに来るのは久々だ。でも仕事柄、空港から一歩も出れないまま日本を去ることになる!せめて、夜ご飯はお寿司がたべたい!」
勝手な想像ですが、多分こんな感じじゃないかと思います。
乗員さんは、勤務パターンによっては、目的地空港で入国することもあれば、往復で飛行機を運転して、日本に入国せずにまたどこかの国に飛んで行ってしまうパターンもよくあります。折り返しどこかに飛んでいってしまう場合は、基本的に日本には上陸しません。
でもせっかく日本に来たからには、少しでも楽しんでほしいですよね。ということで、こういうリクエストにも全面的に協力させていただきました。笑
担当部署に連絡を取り、「今日の乗員さんが『日本のお寿司』が食べたいそうなんですけど…」と相談してみました。
その結果、担当者は爆笑しつつも「お寿司!了解」と快諾してくれたのです。
関係各所の協力もあって、無事に出発時刻までに、機内にお寿司を届けることに成功しました!
②離陸後「色々ありがとね」
離陸後にその外国人クルーは、カンパニー無線で、“Thank you for your support!!”(色々ありがとね)みたいなお礼を英語で言ってました。
「お寿司は美味しかったですか」と思いつつ、ちょっと和んだ瞬間でした。笑
こういった会話は、もしかしたら真面目な日本人には、「不適切だ」と怒られちゃうかもしれませんね!でもたまには、こういうコミュニケーションがあっても良いんじゃないでしょうか。
ガチガチの業務以外では、こうした件でカンパニー無線を使ったことがありました。
まとめ
以上、飛行機のカンパニー無線に一年中出ていた経験をもとに、次のことについて書かせていただきました。
- 航空無線を聞くサイト
- 気象に関する通信とは
- 旅客ハンドリングに関する通信とは
- 空港施設の状況に関する通信とは
- その他、ゆるめの通信
このように、いわゆる「地上の窓口」のような役割を持っています。
実は、こうした無線機器を取り扱う場合には、「航空無線通信士」などの資格を取る必要があります。興味のある方は、ぜひチャレンジしてみてください!
ここまでお読みいただきまして、ありがとうございました。
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