「アンルーリー」とは?マスク拒否などで、旅客が飛行機から降ろされるニュースをスタッフ目線で解説 | mikolog

「アンルーリー」とは?マスク拒否などで、旅客が飛行機から降ろされるニュースをスタッフ目線で解説

空港の仕事

ニュースを見ていると、飛行機に乗った旅客が何らかの理由で、機内から降ろされてしまう、という記事を時々目にします。

記憶に新しい部分では、「マスク拒否」や「飲酒」などに端を発し、飛行中に別の空港にダイバート(目的地以外の空港に着陸)した、なんて事件もありました。

でも、「航空会社はなぜこういった対応をするのか?」とか、「何の権限があってそんなことをするの?」と、疑問に思われる方も多いのではないでしょうか。

この記事を書いている人は、長年航空業界で旅客や運航、マネジメントなどをやってきた人。「機内という閉ざされた空間で、どうやって乗客と乗員の安全を守っていくか?」という判断に、日常的に関わってきました。

この記事を読めば、次のことが分かります。

  • マスク拒否の人はなぜ降ろされたのか
  • 航空業界の用語「アンルーリー」とは
  • 判断基準は何か
  • 何の権限があって乗客を機内から降ろすのか

特に「アンルーリー」について言及した記事を目にしなかったので、今回スタッフ目線で解説させていただこうと思います。早速読んでみましょう!

記憶に新しい「マスク拒否」のニュース

2020年9月に日系LCCの機内(釧路ー関空)で、こんな事件が起きました。

ネットでもしばらく大炎上していたので、記憶に新しい方もいるかもしれません。概要とポイントについて、まとめてみます。

①事件の概要

オンライン上に出ているニュースをまとめると、概要は次のような内容です。

  • コロナの状況下の航空機内で、客室乗務員が乗客に対しマスクを付けるお願いを再三にわたって行ったが、一人の旅客が機内でマスクの装着を拒否し続けた
  • 他の乗客との距離を保つための代替案として、客室乗務員は当該旅客に「座席移動」を提案したが、マスク以外の運航への協力も全面的に拒否した
  • 別の乗客がマスクをしていない人の近くは嫌だと言ったことに対し、当該旅客は「侮辱罪だ」と声を荒げたり、客室乗務員が警告書を渡すと告げた際に「やれるものならやってみろ」と威嚇した
  • (NHKニュースより)

この中で、特に筆者がポイントだと考える部分を、赤太文字にしています。

記事によると、離陸前に客室乗務員が当該旅客にマスク着用をお願いしたが、当該旅客はそれを拒否します。

それを受けて客室乗務員は、他の乗客との距離を保つための代替案として「座席の移動」を求めたが、当該旅客はそれも拒否したため、別の旅客が座席を移動して、飛行機は出発。

離陸後、当該旅客は自身の座席やギャレー(乗務員のスタンバイ場所)で、運航業務中の客室乗務員に対して威嚇するような発言を行ったため、当該旅客の言動は「安全阻害行為」とみなされます。

乗務員は、書面の警告書を渡し内容を読み上げたうえで、新潟にダイバートし、当該旅客を降ろした、というのがおおまかな概要です。

②ポイントは「マスク拒否」ではない

この方が飛行機から降ろされてしまった理由は、何なのでしょうか。

ネットでよく目にする意見には、「マスクを拒否したから」というものがありますが、実は「マスク拒否」が理由ではありません。

また、マスクをしないことは和を乱す行為だとし、「『見せしめ降機』は本当に必要なのか」といった記事も、大手ビジネス誌から出ていましたが、これも論点がずれてます。

この件のポイントは、当該旅客が「運航への協力を全面的に拒否」したうえで、「声を荒げる、威嚇する」などの行為を行った点と言えます。

実はこれらの行為は、業界用語で言う「アンルーリー・パッセンジャー(Unruly Passengers)」の初期症状をすべて網羅してしまっているのです。

※「アンルーリー」って何?と思われた方、大丈夫です。次の項目で詳しく説明します!

むしろ、仮にマスクを付けていたとしても、これらの行為をすべて機内で行った場合、飛行機から降ろされてしまう可能性が高いです。

「アンルーリー・パッセンジャー(Unruly Passengers)」とは

①”Unruly”という英単語の意味

“Unruly”という言葉は、あまり耳にする機会がない人がいるかもしれません。まずは、英単語の意味から見てみます。

  • Unruly=ルールに従わない、手に負えない、という意味の形容詞

上記のように、”Unruly”とは英語で、「ルールに従わない」という意味があります。

つまり、“Unruly Passengers”=「ルールに従わないお客様」という意味

日本語では、あまり馴染みがない考え方かもしれません。そもそも日本では「お客様は神様じゃないの?」なんて意見も聞こえてきそうです。

でもこの言葉、最近の航空業界の人なら誰もが理解している重要なワード。(一昔前までは「迷惑旅客」みたいな呼ばれ方だったようです)

ということで、「アンルーリー・パッセンジャー」について、エアライン業界団体「IATA(International Air Transport Association:国際航空運送協会)」がどう定義しているかを見てみましょう。

②IATAによる「アンルーリー・パッセンジャー」の定義

IATA(国際航空運送協会)というエアライン業界団体があります。これは世界の航空会社で構成される業界団体で、世界中の定期運航会社のうち、8割以上がIATAに加盟しています。

IATAは本社がジュネーブにあり、業界の方針や統一基準の制定などを行っています。いわば「航空業界のグローバル・スタンダード」を作っている団体。

IATAのHPによると「アンルーリー・パッセンジャー」の迷惑行為は、「乗務員や他の乗客に対する暴力、嫌がらせ、言葉による虐待、喫煙、安全についての指示に従わないこと、その他の暴力行為が含まれる」としています。

また同社HPによると、2007年~2017年の「アンルーリー・パッセンジャー」のIATAへの報告は、10年間で何と66,000件にも及んでいるのだとか。(日本を含んだ、世界規模での報告数)

昨今のLCCの普及で、低価格帯の航空運賃が増えたことにより、あるいはお客様の層にもバリエーションが出てきているのかもしれません。

③「アンルーリー・パッセンジャー」の段階は3つに分かれる

さらにIATAでは、「アンルーリー・パッセンジャー」の行動を、次の3段階に分けています。

  • 【レベル1】乗組員の指示に従わなかったり、安全規則に違反するなど、主に言葉による破壊的な行動
  • 【レベル2】物理的な虐待やわいせつな行動、言葉による暴力や脅し、緊急・安全装置の改ざん
  • 【レベル3】生命を脅かす行為、またはコックピットのドアを破ろうとする行為

(出典:Unruly and Disruptive Passenger Incidents and Why No One Likes Them

上のリストのように、IATA基準では、お客様の行動の段階によって【レベル1~3】に分けられています。

【レベル1】は乗務員の指示に従わなかったり、言葉による破壊行動。【レベル2】は物理的な暴力や言葉による脅し、そして【レベル3】は生命を脅かす行為です。

このように、「アンルーリー・パッセンジャー」の暴力行為は段階的に分かれており、徐々にエスカレートしていく危険性を持っていることが読み取れます。

航空会社のスタッフは、こうした「アンルーリー・パッセンジャー」への対応についてもトレーニングを受けています。

④「マスク拒否」のニュースの場合

ここで、冒頭の「マスク拒否」のニュースに戻ってみます。この件は、IATAのレベル分けに当てはめると、どの段階になるのでしょうか。

ニュース記事によるとこの時のお客様は、「運航への協力を全面的に拒否」したうえで、「声を荒げる、威嚇する」などの行為を継続して行ったと報道されています。

  • 【レベル1】乗組員の指示に従わなかったり、安全規則に違反するなど、主に言葉による破壊的な行動
  • 【レベル2】物理的な虐待やわいせつな行動、言葉による暴力や脅し、緊急・安全装置の改ざん
  • 【レベル3】生命を脅かす行為、またはコックピットのドアを破ろうとする行為

上記のレベル1~3に当てはめてみると、【レベル1】に該当することが分かります。

  • 【レベル1】乗組員の指示に従わなかったり、安全規則に違反するなど、主に言葉による破壊的な行動

このように、「アンルーリー・パッセンジャー」のレベル1に該当しており、さらに今後、暴力行為がエスカレートしていくことが予想されたため、このお客様は機内から降ろされてしまったのだと想像します。

⑤飲酒で降ろされた例もある

「マスク拒否」以外で、機内から降ろされてしまった例もあります。

2014年、成田ーニューヨーク便の日系エアライン機で、酒に酔った日本人男性客が機内で暴れたため、アンカレッジ空港にダイバートし、当該旅客を降ろしたニュースもありました。

ニュース記事によると、「男は結束バンドで座席に縛りつけられたが、それでも騒ぐのをやめなかったため、機長は安全阻害行為とみなし、飛行機から降ろした」とのこと。

さらにこの男性は、現地警察に引き渡されている様子。

この事件で、当該旅客が機内から降ろされてしまった理由と、冒頭にご紹介した「マスク拒否」の旅客降ろされてしまった理由を考えてみると、細部はもちろん異なりますが、大まかな考え方は似ていることが分かります。

それは、どちらのお客様も「アンルーリー・パッセンジャー」と見なされてしまったという点。次の項目では、「こうしたシビアな判断をなぜ行う必要があるのか」について見ていきます。

判断基準は「乗客と乗員の命をどうやって守るか」

飛行機の機内は「閉ざされた空間」で、しかも「高度3万フィートの上空を飛行する」という特殊な環境です。その中で、乗客全員の安全と乗務員全員の安全を守る判断が求められます。

これは、時として非常に重い判断になることもありますが、「乗客と乗員の命をどうやって守るか」という観点で、シビアに行う必要があります。

なぜなら安全面で妥協してしまうと、事故につながりかねず、取り返しがつかないからです。航空機が事故を起こすと、人命に関わってくることは明らか。

さらに言えば、一度でも人為的な事故を起こしたエアラインは、恐らく次はないでしょう。一度事故が起きてしまえば、場合によっては社員全員「解散」ということにもなりかねません。特にLCCならば、なおさらその可能性が高いんじゃないでしょうか。

筆者はこのニュースの会社とは無関係ですが、もし自分が運航の立場なら、このような観点で判断すると思います。

マスクが議論を呼んだせいか、ここまで突っ込んで論じている記事が無かったので、今回自分で書かせていただきました。

よくある批判:「そこまでする必要があったのか?」

さらに、「結果的に事故が起きなかった」場合、運航判断に関わっていない人たちから、後でこんな批判を受けることもよくあります。

  • 「大げさ」
  • 「燃料の無駄だ」
  • 「結果を見てみろ、そこまでする必要があったのか」

こういったご意見をいただくこともよくあります。実は一般の方のみならず、同じ業界内の同業者でも、そういった批判をする人がいるんですよね。

筆者としては、そういった意見はすべて「結果論」と考えます。言ってみれば、「後出しじゃんけん」みたいなものじゃないでしょうか。

その現場にいた責任者が、限られた時間とリソースの中で、「安全を取る」という判断をしたのなら、その判断は尊重されるべき、と筆者は考えます。なぜならこういった件は、後になっていくらでも理由を後付けして、批判できてしまうからです。

何の権限があって乗客を機内から降ろすのか?

また、「何の権限があって乗客を機内から降ろすのか?」という疑問も残りますよね。

実は、こうした「アンルーリー」な旅客を飛行機から降ろすなどの措置にあたっては、機長にその権限が与えられています。これは日本のみならず、海外の会社や国際的にも正式に認められています。

むしろ、「国際的なルールに則って、日本の航空業界でも運用がされている」という表現が正しいかもしれません。

この部分も少し押さえておきましょう。

①ICAOとは

ICAO(International Civil Aviation Organization:国際民間航空機関)という機関を聞いたことがあるでしょうか。

ICAOはモントリオールに本部を置き、国際民間航空に関する原則などを制定しています。190ヶ国以上が加盟し、もちろん日本も加盟国の一つ。

先ほど出てきた「IATA」との違いを簡単に説明すると、IATAが航空会社によって構成される業界団体なのに対し、ICAOは各国政府によって構成されている、という違いがあります。

航空業界にいると、どちらとも関わりが深いので、どちらのルールも頭に入れる必要があったりします。(たいへん。。)

②東京条約とは

そのICAOが主体となって作成した国際条約の一つに、「東京条約(Tokyo Convention)」というものがあります。ICAOが東京で開いた国際会議で作成されたことから、東京の名前がついているのだそう。

(ICAOが作成する航空関連の条約は、東京条約の他にも「モントリオール条約」、「ワルソー条約」など、色々ありますよ)

1963年に締結された「東京条約」は、「航空機内で行われた犯罪その他ある種の行為に関する条約」と名付けられています。

そしてこれは、飛行中の航空機内で行われた「刑法上の犯罪」と、「航空機や機内の人員や財産を害する(犯罪であるかどうかを問わない)行為または航空機内の秩序及び規律を乱す行為」に適用されます。

東京条約は、もちろん日本の航空法にも落とし込まれています。

③機長の権限:航空法第73条4とは

全項目でご紹介した「ICAOの東京条約」に基づき、日本の航空法第73条では、機長の権限を次のように定めています。

(安全阻害行為等の禁止等)
第七十三条の四
機長は、航空機内にある者が、離陸のため当該航空機のすべての乗降口が閉ざされた時から着陸の後降機のためこれらの乗降口のうちいずれかが開かれる時までに、安全阻害行為等をし、又はしようとしていると信ずるに足りる相当な理由があるときは、当該航空機の安全の保持、当該航空機内にあるその者以外の者若しくは財産の保護又は当該航空機内の秩序若しくは規律の維持のために必要な限度で、その者に対し拘束その他安全阻害行為等を抑止するための措置(第五項の規定による命令を除く。)をとり、又はその者を降機させることができる。

内容を見てみると、「安全阻害行為をしている人(=アンルーリー・パッセンジャー)は、機長の権限で拘束されることもあり、場合によっては降機させることもある」ということが分かります。

もちろん、これは「最後の手段」です。誰も、好き好んで大切なお客様を降機させたくはないですし、目的地まで一緒に楽しくフライトしたいに決まっています。

筆者は以前、航空会社で働いていましたが、基本的には自分の便に乗ってくれるお客様が大好きで、常に「一期一会」と思って接しています。

出来る限り、お客様と楽しいお話や冗談を言いながら過ごしたいですし、何か困っている方がいればお手伝いしたい!という気持ちでした。周りの同僚を見ても、こうした「人好き、世話好き」な同僚たちが多い印象。

ただ、色々なお客様がいらっしゃることも事実です。

総合的に判断して、「乗客と乗員の安全を守る手立てがほかにない」と機長が判断した場合には、上記のような対応が法的に認められているのです。

なぜなら、飛行機は「閉ざされた空間」であり、「高度3万フィートの上空を飛行する」という特殊な環境だからなのです。

まとめ

以上、「マスク拒否」や「飲酒」などに端を発し、飛行機が別の空港にダイバートし、お客様が機内から降ろされてしまったニュースを題材に、次のことについて書かせていただきました。

  • マスク拒否の人はなぜ降ろされたのか
  • 航空業界の用語「アンルーリー」とは
  • 判断基準は何か
  • 何の権限があって乗客を機内から降ろすのか

記事でご紹介した通り、「アンルーリー」は英語に由来する業界用語です。でもこれに言及しているニュース記事を、実をいうと筆者は目にしたことがありませんでした。

ただ、この「アンルーリー」の概念をすっ飛ばして「航空法」だけでこの件を説明してしまうと、話が一段階飛躍してしまいます。

結果的に、「法的根拠」だけで事務的に処理しているように見えて、一般の方に正確に伝わりづらくなっているんじゃないでしょうか。

ここまでお読みいただきまして、ありがとうございました。読者の皆さまなら大丈夫かとは思いますが、どうぞルールを守って楽しい空の旅を!

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